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眠りについて知ろう

シリーズ 眠気とヒューマンエラー(1)

睡眠・覚醒リズムの発達にともなう変化

 眠りが奪われることにより人間がどのような影響を受けるかという課題は、睡眠の役割を探るという目的や科学的興味により、睡眠の科学的研究が始まった当初から試みられてきています。これまでの最長の睡眠研究者により観察された断眠記録は、米国の17歳の高校生が1965年に樹立した記録です。REM睡眠の発見者の一人であるDementらのStanford大学の研究グループがその経過を観察し報告しています。脳波を記録して超短時間の睡眠(micro-sleep)が混入していないことを確認したものではありませんが、その記録は264時間12分とされています。この高校生は、その後14時間40分の回復睡眠で正常な生活に戻ることができ、断眠中に観察された異常は、わずかな幻覚体験のみであったと報告されています。日本でも、時実らが1965年に脳波を記録しながら23歳の男性に101時間8分の断眠を行っています。断眠の3日目には錯覚や幻覚が生じ、作業能力テストの一つであるクレッペリンテストの成績が低下しています。しかし、強い眠気以外には際だった精神症状の異常がなかったと報告しています。このように、断眠(睡眠遮断)あるいは睡眠不足(睡眠負債)が脳機能や身体へ及ぼす影響については、睡眠科学や睡眠臨床の主要な課題として、数多くの研究が行われてきました。実験的に行われる短期の断眠効果の研究では、全睡眠断眠、選択的な徐波睡眠(段階3&4)部分断眠、REM睡眠部分断眠、短時間の睡眠経過後の強制覚醒による部分断眠、睡眠分断などさまざまな実験的手法が開発され、回復夜での睡眠変数の変化や断眠中の脳機能への影響が調べられています。また、社会生活上の交代勤務などで見られるような長期の睡眠不足(睡眠負債の蓄積)による影響については、主に疫学研究により数多くの研究がなされています。眠気とヒューマンエラーのシリーズの最初として、眠気を引き起こす原因の断眠の影響について、回復睡眠からみた脳内の睡眠発生機序への影響、事象関連電位による脳内情報処理過程への影響、作業能力などの全般的な脳機能をへの影響について見てみましょう。

実験的短期断眠の影響
断眠後の回復夜の睡眠構造の変化

 一晩の全睡眠断眠後の回復夜の睡眠構造は大きく変化します。若年者、中高年、高齢者を問わず共通して見られる現象として、睡眠潜時の短縮、中途覚醒の減少と徐波睡眠(ノンレム睡眠段階3&4、N3)の増加が報告されています(Bonnet MH & Rosa RR, Biol Psychol, 1987)。図1は、男子大学生に8時間の睡眠を取らせた後に36時間の断眠を行い回復夜の睡眠を記録した例です。断眠中は、30分ごとに5分間の単純反応時間課題を与え計測し続け、負荷の大きな作業は行わせていません。持続的覚醒に伴う単純反応時間変化の折れ線グラフの前後に、断眠前の基準夜と断眠後の回復夜の睡眠経過図とコンピュータ分析による睡眠徐波の出現量を示しています。Wは覚醒をS1~4はNREM睡眠段階です。断眠後の回復夜では、入眠許可直後に入眠し、すぐに段階4に移行し、段階3&4が長く多量に出現しています。睡眠経過図の下段に示す徐波睡眠を特徴づける睡眠徐波の出現量も、断眠前の基準夜に比べ極端に多くなっているのが見て取れます。1夜の断眠後の回復夜での徐波睡眠量の増大率は、基準夜での出現量が加齢の影響で元来少ない高齢者の方が若年者に比べ大きいことも知られています(Reynolds CF 3rdら, Arch Gen Psychiatry, 1987)。若年者、高齢者ともに回復第1夜のREM睡眠量は、徐波睡眠の出現量の増大により抑制され減少します。REM睡眠量の増加は、回復第2夜目に観察されることが多いようです。また、回復夜の段階2も徐波睡眠の増加に押され減少します。断眠後の回復夜におけるこれらの睡眠潜時の短縮や睡眠段階の変化は、持続的覚醒によりBorberyの2過程モデルのプロセスS(sleep-dependent process)の圧力を増加させた結果生じた現象と解釈されます(Borbely AA, Hum Neurobiol, 1982)。図1の睡眠潜時と徐波睡眠潜時の際だった短縮が示すように、人間が睡眠を極端に必要とする状態に陥った場合には、生体機能を回復させるために徐波睡眠の出現が優先され、かつ量的にも多量の徐波睡眠の出現が要求されることが、断眠実験から明らかにされています。

図1 持続的覚醒の単純反応時間への影響と断眠後回復夜の睡眠経
図1 持続的覚醒の単純反応時間への影響と断眠後回復夜の睡眠経

 徐波睡眠、REM睡眠の選択的な遮断による断眠実験も、徐波睡眠やREM睡眠の機能を探索する目的で、1970年代より数多く行われました。徐波睡眠の選択的断眠は、徐波を完全に睡眠から遮断することが難しく研究報告例は少ないのが現状です。徐波睡眠、REM睡眠の選択的断眠は、古くは睡眠時間量に拘泥せずに行われましたが、近年では、基準夜と同等の睡眠時間量を確保した状態での選択的断眠実験が行われています。両者ともリアルタイムで睡眠段階を判定しながら、徐波あるいはREM睡眠の出現を認めれば直ちに強制的に覚醒させ再度入眠させるなど、実験者、被検者の負担の大きな研究です。筆者も何度かこのような実験を行いましたが、徹夜の眠気と緊張の連続で大変だったと記憶しています。徐波睡眠の選択的断眠後の回復第1夜では、全睡眠断眠と同じく徐波睡眠の出現が増大することが報告されています(Agnew HWら, Percept Mot Skills, 1967)。徐波睡眠の部分的断眠後の回復夜で、睡眠前半3時間の徐波睡眠の断眠を行った実験では、徐波睡眠断眠終了後の脳波のパワ値が直ちに増加し、睡眠の2過程モデル仮説のプロセスSのホメオスタシス仮説を支持するものされています(Dijk DJ & Beersma DG, Electroencephalogr. Clin Neurophysiol, 1989)。REM睡眠の選択的断眠は、夢みや記憶との関連で報告されています。1夜のREM睡眠の選択的断眠後の回復夜では、REM睡眠の反跳的増加がみられ、REM睡眠の増加は回復第3夜まで認められています。一方で、徐波睡眠には変化はみられていません(Agnew HWら, Percept. Mot Skills, 1967)。
 睡眠分断は、睡眠時無呼吸症候群患者のシミュレーション実験として数多く行われています。しかしながら、健常者を対象として実験的に睡眠時間量と睡眠段階量に大きな変化を与えずに夜間睡眠を高頻度に分断する研究は難しく、数分以内の睡眠持続で夜間睡眠を分断する研究の多くは、徐波睡眠量とREM睡眠量が顕著に減少した状態で、睡眠時間のみを調整したものが大部分です。したがって、回復夜の睡眠は徐波睡眠の選択的断眠と類似したものとなっています。睡眠分断の研究で、どの程度の頻度で脳波的覚醒を引き起こせば、日中の脳機能に影響が出現するかを探索するものが多く、また睡眠分断の手法や分断手続きによる覚醒の定義に関する研究もされています。1分ごとに覚醒させる実験手続きで日中の生理的な過度の眠気(EDS)や主観的な強い眠気は最も強く生じ、10分に1回の覚醒手続きではEDSに変化は見られない(Stepanski EJ, Sleep, 2002)との報告がありますが、すぐに再入眠できていた被検者が多いようです。再入眠が難しく覚醒時間が長くなるような睡眠分断では、深部体温の上昇、交感神経活動の覚醒方向への変化などが生じるので、10分に1回程度目覚めても大丈夫という訳でもないと考えられます。
 実験的に行われた健常者に対する断眠のタイプ、繰り返しの日数や手続きにより回復夜での睡眠構造の変化は異なっています。しかし、回復夜の睡眠構造に及ぼす影響から大まかに分類すれば、断眠のタイプで、全睡眠断眠、選択的徐波睡眠断眠、睡眠分断の影響は、回復夜における徐波睡眠の反跳増加が優先され、選択的REM睡眠断眠では回復夜におけるREM睡眠の優先的な反跳増加の2種類に大別されると考えられます。また、早朝に睡眠を終了させる部分的断眠(睡眠時間の短縮)では、朝方にREM睡眠が多く出現することから、部分的REM睡眠断眠となり、回復第1夜でREM睡眠の反張増加が見られます。
 「シリーズ 眠気とヒューマンエラー」の次回は、断眠による日中の脳機能への影響についてお伝えする予定です

文章:睡眠評価研究機構 白川修一郎先生

日本睡眠学会 Japanise Society Of Sleep Research
JOBS 一般社団法人 日本睡眠改善協議会