子どもの眠り
子どもが必要とする睡眠時間と睡眠構造の発達的変化
子どもから高齢者まで、覚醒時に脳の状態を清明にしておくために必要とされる睡眠時間について、米国のNational Sleep Foundation(http://www.sleepfoundation.org/)が、過去の数多くの睡眠疫学調査や睡眠実験の報告から2015年に報告しています。脳の機能や健康に被害のない睡眠時間を、推奨時間(Recommended Range)と、問題はあるものの被害は軽度と考えられる限界範囲(May be Appropriate)として公表しています。(Hirshkowitz M, et al., Health, 2015.)数多くの国際医学論文を解析してまとめたものです。新生児(0~3ヶ月)は14~17時間(11時間未満と19時間超は限界範囲外、以下()内は同様)、乳児(4~11ヶ月)は12~15時間(10時間未満と18時間超)、幼児(1~2歳)は11~14時間(9時間未満と16時間超)、学童前期(3~5歳)は10~13時間(8時間未満と14時間超)、学童期6~13歳)は9~11時間(7時間未満と12時間超)、ティーンエイジャー(14~17歳)は8~10時間(7時間未満と11時間超)です。成人(18~25歳)は7~9時間(6時間未満と11時間超)、成人(26~64歳)は7~9時間(6時間未満と10時間超)、高齢者(65歳以上)は7~8時間(5時間未満と9時間超)とされています。
一晩に何回かノンレム睡眠とそれに続くレム睡眠が一つのブロックを作って繰り返されます。このノンレム睡眠とレム睡眠のブロックを睡眠周期と呼んでいます。睡眠周期は乳幼児では40~60分、2~5歳では60~80分、5~10歳で成人と同様に70~110分になります。発達とともに睡眠周期が延長していくことが知られています。なお、哺乳類では小動物ほど睡眠周期が短く、子どもの睡眠周期の変化も発達に伴うものなのです。睡眠の構造も発達とともに変化し、小児期ではノンレム睡眠の段階3&4(米国睡眠医学会の睡眠臨床の判定基準ではN3)の徐波睡眠の出現量が多いのです。レム睡眠の出現量は、10歳以前と以後で変化がみられ、後述する睡眠脳波の変化とも対応しています。成人以降では加齢による大幅な減少は見られません。40歳を過ぎると、加齢とともに徐波睡眠の出現量は急激に減少していきます。一方で、60歳を過ぎる頃から中途覚醒や浅いノンレム睡眠の段階1の出現量が増加してきます。高齢者での中途覚醒や浅睡眠の増加は、睡眠の持続・安定性の低下を示し、この睡眠構造の加齢変化が、睡眠維持困難性不眠の愁訴を高齢者で増加させる原因の一つなのです。健常な子どもでは、中途覚醒やノンレム睡眠段階1は少なく、一度眠りついてしまうと目覚めさせるのがなかなか困難になります。
睡眠・覚醒リズムの発達にともなう変化
睡眠はサーカディアンリズム(生体リズムのうちで生命現象が約24時間の周期的変動を示すリズム)の支配を受けています。小児の場合、成人よりもサーカディアンリズムのマスタークロック(視床下部視交叉上核に存在し明暗サイクルに同調性を示す体内時計発振機構)の支配力が強いことが知られています。新生児では、活動・休止リズムは確立しておらず、通常3~4カ月の乳幼児期で明瞭になってきます。新生児の出生直後から3カ月以上にわたり連続的に計測した活動-休止リズムを図1に示します。図1の左図は、活動量計(アクチグラム)を産衣の胸の部分につけ、活動量を連続記録したものです。1つの横線が1日に相当し、黒棒の部分は活動量を示しほぼ覚醒に相当します。黒棒部分以外が静止期で、新生児の場合はおおむね睡眠と考えられます。出生直後の2~4週間をみると、大部分が睡眠であることが観察でき、週の経過とともに活動期が増えていくのが観察できます。統計的な周期解析手法(カイ自乗ペリオドグラム)を使うと、どの週から活動-休止(覚醒-睡眠)のリズムがはっきりしてくるか調べられます。図1の右図が、1週間ごとに行ったリズムの周期解析の結果です。斜めの線は、その線以上にピークがみられると、統計的に有意(該当しない確率が1%未満)な周期が出現していることになります。この例では5週目から24時間周期の活動・休止リズムがみえ始め、7週目には夜間への休止期(睡眠)の集中と日中における活動期(覚醒)の増加が明瞭になってきています。出産直後(産褥期)の母親、特に初妊婦で睡眠障害を引き起こす例が多く見られるのも、図1にみられるような新生児の未発達な活動・休止リズムに振り回され授乳や世話が不規則になりやすいためです。その結果、睡眠が不規則な形で分断され、それが原因で発症している例も多いと推察されます。生体リズムの早期の確立は、その後の運動関連の神経系や重要な脳内神経伝達物質であるセロトニン神経系の発達を強く左右することも知られています。昼間は明るいところ(直射日光は避け)で、夜は静かで暗いところで眠らせ、授乳も計画的に行うと新生児の生体リズムの確立を早めることができます。
子どもの発達における睡眠の必要性
セロトニン神経系の発達は周期的な呼吸運動とも密接に関係し、成長時の運動機能にも影響します。さらに、3歳までに自律神経系や発汗機能および免疫系の基盤が確立します。生体リズムや発汗機能を含む自律神経系の基盤の形成、セロトニン神経系の発達には、昼はしっかり体を動かし、夜はしっかり眠る、メリハリのある規則的な睡眠と覚醒のリズムと十分な睡眠時間が必要なのです。セロトニン神経系は覚醒系の機能と関係し、脳の覚醒状態のアイドリングにセロトニン神経系が関与するとされています。一定以上の覚醒状態をアイドリング状態で維持できていれば、より高水準の覚醒状態、注意の集中や集中した状態を維持するのに脳神経系はエネルギーをそれほど使う必要はありません。このような脳では、少々レベルを持ち上げることで意識水準を高い状態に保つことができ、努力せずに維持することも容易です。逆に、覚醒系のアイドリング状態が低い脳では、高水準のレベルまで意識を引き上げ、その状態を維持するには、相当量のエネルギーと努力を必要とし、すぐに疲労してしまいます。このような脳に、気合いや精神力は期待できません。気合いや精神力は、脳の覚醒系と前頭葉が高水準で働く時に、初めて発揮できるからです。覚醒系と前頭葉の働きは、睡眠による十分な休息があってこそ、その機能を発揮し、子どもではその影響は特に顕著なのです。
子どもの前頭葉のシナプス密度は、1~5歳でほぼピークに達します(Huttenlocher PR, et al.: J Comp Neurol, 1997.)。生まれた直後の前頭葉のシナプス密度は、1立方ミリメートルあたり10億個程度ですが、1~5歳で、ほぼ1.7倍にもなります。このことは、前頭葉の神経ネットワークの構造が、5歳頃までに不必要なものも含めて形成されることを示しています。ピークに達した前頭葉の神経ネットワークは、その後不必要な神経の結合が刈り込まれて削除され、適切な神経ネットワークが残るようになります。この過程は13~14歳頃まで続き、思春期にはさらに成人の脳になるように調整されていくと考えられています。成人の前頭葉のシナプス密度は、ほぼ生まれた直後と同じくらいまで減少しています。不必要な神経ネットワークが残っていれば、前頭葉内で神経ノイズを発生する原因となり、脳機能を効率的にすばやく発揮する上での阻害要因となるでしょう。5歳までに前頭葉の神経ネットワークが十分に形成されていない場合にも、その後の刈り込みの過程で、効果的に不必要なネットワークを削除することが難しくなります。さらに、5歳児までの前頭葉の神経ネットワーク形成については、興味深い別の報告もあります。5歳児の知能テストに標準的なバッテリーとして三角形の描画があります。三角形の描画ができない子ども達に、就寝時刻が遅く不規則な就床習慣を持つ子どもが多く含まれていると報告されています(Suzuki M, et al.: Sleep and Biological Rhythms, 2005)。睡眠が、子どもの知能(脳神経系)の発達に重大な影響を及ぼし、不足あるいは不規則な状態が続くと、前頭葉のシナプス形成が阻害され知能の発達が遅れる危険性のあることを示しています。睡眠をおろそかにすると、子どもたちの将来の才能の芽が摘まれてしまう危険性につながることを、これらの科学的事実が示しているように思われます。
刈り込みの過程では、一定の適正の刺激が繰り返し入ることで、前頭葉の機能を発揮するために必要なネットワークの疎通性が上昇し、このようなネットワークが残されやすいと考えられています。前頭葉での神経ネットワークの十分な形成には、健康な発達過程が必要とされ、睡眠中の成長ホルモンの適切な分泌を含め、適切な運動・食事と睡眠が必須です。仮に刈り込みの過程で睡眠が不足していると、適切な刺激が脳に入ったとしても刺激の情報処理過程にゆがみが生じ、適正な刺激として脳がとらえきれない危険性もあるのです。こころの健全な形成は、適切に脳神経系が発達することがその基盤となります。生後6ヶ月までに生体リズムが確立し、3歳までには自律神経系や発汗機能の基盤が確立することが重要です。前述したように、5歳前後で前頭葉の神経ネットワークの密度がほぼピークとなり、10歳前後で脳全体の神経ネットワークの形が大部分できあがります。10歳前後での脳の機能を反映する脳波は、後頭部では大人と一見同じような成熟したパターンを示しますが、前頭部では未熟なままなのです。思春期頃に成人と同じような脳波パターンを示すようになるのも、前頭葉の神経ネットワークが成人とほぼ同等の構造にまで形成されるからなのです。小児期には、適正な多種類の刺激と十分な脳の休息が必要とされます。前頭連合野が休息できるのは睡眠時だけであり、何らの作業を行っていなくても覚醒が持続するだけでも脳は疲労します(Van Dongen HPA, et al.: Sleep, 2003)。睡眠が不足すると前頭連合野の働きは低下し、刺激も適正なものと受け取られないことになります。そのため、健全で機能的な人間の脳を形作る作業が阻害される可能性が高いと考えられるのです。
健常な子どもで、睡眠中の成長ホルモンの分泌についての論文は残念ながら見当たりません。睡眠中の成長ホルモンの分泌量について検討する場合、睡眠中に10~20分おきに採血あるいは唾液の採取が必要なため、子どもでは負担が大きすぎるためでしょう。16~86歳までの男性の睡眠中の成長ホルモン分泌量を調べた研究(Van Cauter E, et al.: JAMA, 2000)では、25~70歳までの分泌量と比べると18歳までの分泌量は際だって多く、さらに、若年者の成長ホルモンの分泌量とノンレム睡眠の最も深い睡眠である徐波睡眠の出現量には正の相関がみられています。成長ホルモンの役割として、タンパク質の合成促進(細胞の再生促進、脳神経系、筋肉の発達)、軟骨生成の促進(発育、成長)、強力な脂肪分解作用(肥満防止)、抗酸化作用が知られています。成長期のしっかりした睡眠が、成長ホルモンの分泌に影響します。身体的な成長や脳神経系の発達に適正な睡眠が必要であることが、これらの科学的事実からも明かなのです。「寝る子は育つ」は、科学的に正しいのです。
文章:睡眠評価研究機構代表 白川修一郎先生