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眠りについて知ろう

誰でもショートスリーパーになれるのか?(その2)

1.ショートスリーパーの睡眠の構造はどうなっているの?

 Webら(Web WB, Agnew HW: Sleep stage characteristics of long and short sleepers. Science 168: 146-147, 1970., Web WB, Friel J: Sleep stage and personality characteristics of 'natural' long and short sleepers. Science 171: 587-588, 1971.)は、生理的ショートスリーパー、標準的な睡眠時間の人(スタンダードスリーパー:standard-sleeper)、ロングスリーパー(long-sleeper)の健常若年者84名について、睡眠ポリグラフィで睡眠の構造の違いを検討して報告しています。8.5時間超のロングスリーパー(平均睡眠時間566分)と5.5時間未満のショートスリーパー(平均睡眠時間287分)では、中等度の深さで睡眠全体のほぼ半分を占めるノンレム睡眠の段階2が、それぞれ277分(48.9%)と118分(41.1%)でした。明瞭な夢が多く、手続き記憶(体で覚える技能などの記憶)の定着と記憶のインデックスの作成に関係するレム睡眠がそれぞれ155分(27.4%)と60分(20.9%)とロングスリーパーの方が長いことを報告しています。では、大脳皮質を休息させる深いノンレム睡眠の段階3&4(徐波睡眠)は、どうだったのでしょうか。徐波睡眠は。それぞれ94分(16.6%)と93分(32.4%)と出現量は変わっていませんでしたが、出現率は明らかにショートスリーパーで多かったのです。なんと、睡眠全体の3割近くが徐波睡眠で占められていました。生体リズムの影響については、とりあえず考えないことにして、睡眠の2過程モデル(Borbéry AA: A two process model of sleep regulation: an overview. Hum Neurobiol 1: 195-204, 1982.)でロングスリーパーとショートスリーパーの睡眠過程を考えてみます。このモデルでは、眠りやすい身体の状態にあるかどうかはサーカディアンリズム(概日リズム)が決めています。昼行性の動物である人間は、サーカディアンリズムの影響で昼間に体温が高く、行動しやすい代わりに眠りにくい体の状態になっています。一方で、夜は体温が低くなり、眠りやすい代わりに脳や体は働きにくくなっています。この過程は、サーカディアンリズムの頭文字をとって「プロセスC」と呼ばれます。他方、睡眠の発現や持続は睡眠欲求(睡眠傾向, sleep propensity)の蓄積が支配しています。砂時計の砂が下に落ちるように、睡眠欲求が十分に溜まり込むことで睡眠が生じます。睡眠が始まった時点は砂時計をひっくり返した時と同じように、下に溜まった砂が上に来て今度は下に落ちるための砂になります。睡眠が経過することにより睡眠欲求がだんだんと減じ、睡眠欲求がほぼなくなったところで覚醒がおこります。睡眠と覚醒のホメオスタシスの過程と考えることもでき、睡眠の頭文字をとって「プロセスS」と呼ばれています。ロングスリーパーとショートスリーパーでは蓄積した睡眠欲求の解消に必要とされる時間に差があると考えることができます。ショートスリーパーで徐波睡眠の出現率が多くレム睡眠の出現率が少ないことから、蓄積した睡眠欲求の解消ベクトルが大きく、ロングスリーパーでは睡眠欲求の解消ベクトルが小さいため、必要とする睡眠時間に差が生じている可能性があります。一方で、記憶の整理や固定に関係するレム睡眠の出現量がロングスリーパーで多いことから、ロングスリーパーでは脳内での睡眠中の情報整理量が多く、そのため長時間の睡眠を必要とするという意見もあります。

2.睡眠時間を短縮した時に、脳の働きはどのような影響を受けるの?

 大多数の人は、生理的ショートスリーパーではありません。7時間程度の睡眠時間を必要とするスタンダードスリーパーです。しかし、日本人の半数近くが6時間未満の睡眠しか取れておらず、さらに10%程度の日本人は5時間未満の睡眠です。スタンダードスリーパーにもかかわらず、無理にショートスリーパーに近い生活を送っている日本人が多いのです。米国のAAA Foundation for Traffic Safetyが、2005~2007年に事故を起こした米国7.234人のドライバーを調査し、自動車事故の発生オッズ比と過去24時間の睡眠時間との関係について、2016年に報告しています。7時間以上の睡眠時間を取っていた人にくらべ、6時間~6時間59分の人は1.3倍、5時間~5時間59分の人は1.9倍、4時間~4時間59分の人は4.3倍、4時間未満の人は11.5倍と推定しています。また、米国睡眠財団が運輸業界と睡眠医学の分野の多方面の専門家を集め検討会を開き、その結果を2016年に発表しています(Czeisler CA, Wickwire EM, Barger LK, et al.: Sleep-deprived motor vehicle operators are unfit to drive: a multidisciplinary expert consensus statement on drowsy driving. Sleep Health 2: 94-99, 2016.)。前夜の睡眠時間が2時間以下の場合は、事故を起こす危険性が極めて高く車を運転しないよう提言し、3~5時間の場合も事故のリスクが高くなると意見が一致しています。睡眠時間が短いとなぜ事故を起こす危険性が高まるのでしょうか。それは脳の働きが低下するからです。睡眠時間を実験的に短縮する研究が、これまで数多く行われてきました。断眠という手段を使いた実験です。完全に睡眠を奪う全断眠(短期間の場合が多い)、睡眠時間を制限する部分断眠(慢性的な実験の場合の多くはこちら)、レム睡眠を選択的に奪う断眠(レム断眠)、深い睡眠である睡眠段階3, 4(徐波睡眠)を選択的に奪う断眠(徐波断眠)、睡眠を質的に悪化させる睡眠分断(閉塞性睡眠時無呼吸障害群のシミュレーション実験で用いられる)など、様々な方法で睡眠を奪った時に脳機能がどのような影響を受けるかを多くの睡眠研究者が報告しています。ここでは、「誰でもショートスリーパーになれるのか」というテーマからは逸脱するので、短期の断眠については割愛します。長期の部分断眠、すなわち睡眠時間を短縮した状態を続けると脳の働きはどうなるかを見てみましょう。21~48歳の48名の健康な生活者を対象に、8時間の睡眠と6時間、4時間の睡眠を連続14夜続けた時と88時間の全睡眠断眠の脳機能への影響を比較した実験研究があります。脳機能への影響は、PVT(視覚的反応時間を測定)で行動的な覚醒維持機能(生理的眠気)を、前頭葉のワーキングメモリー機能(ワーキングメモリーとは、情報を保持して操作するための脳の働きの概念。この実験では、数字の1~9を1だったら*に2だったら△に...9だったら●のように、数字をシンボルに置き換えるテストを使用)と認知機能(一定の時間内で数字を加算あるいは減算させるテストを使用)を評価しています。覚醒維持機能、ワーキングメモリー機能、認知機能は、8時間の睡眠に対して睡眠時間を短縮すると日を追うごとに悪化し、その悪化の度合いは、当然ながら4時間睡眠の方が6時間睡眠より大きかったのです。88時間の全睡眠断眠では覚醒の持続的時間の経過とともに全ての脳機能が悪化し、その最終的な悪化度は6時間睡眠や4時間睡眠よりも大きかったことが報告されています。88時間、完全に目覚め続けるということは、3日間の完全徹夜を続け、午後4時まで頑張っている状態です。主観的な眠気への影響も、最も強かったと報告されています。14夜間の4時間睡眠、6時間睡眠での徐波睡眠(ノンレム睡眠段階3、4の深睡眠)の絶対量は8時間睡眠とかわらず、レム睡眠とノンレム睡眠の段階2の絶対量が6時間睡眠、4時間睡眠の順で減少していたことが報告されました。睡眠時間を短縮しても徐波睡眠量は変わっていないのです。一見すると、徐波睡眠が脳の休息に必須なため、睡眠時間を短縮しても出現量は変わらず、脳が休息できているので大丈夫だと誤解されそうな結果です。残念ながら、睡眠時間を短縮すると脳の機能が悪化しています。同じ量の徐波睡眠が出現していても脳の機能の回復という睡眠の役割が果たせていないことが、この実験でもわかるでしょう。徐波睡眠の量は日中の活動量(エネルギー消費量)と関係していることが知られていて、睡眠時間を短縮しても減ることはないのです。実際の睡眠時間は変わらなくても、ベッドの上でごろごろしている時間が長いと、次の夜の徐波睡眠の量が少なくなることも知られています。ノンレム睡眠の段階2やレム睡眠は記憶の固定や引き出しと密接に関係しています。これらが減ると、学習能力も下がることが最近になってわかってきています。この実験では学習能力の評価がなされていませんが、記憶や学習と睡眠短縮との関係について、これまで数多く研究されてきています。睡眠時間を無理に短縮すると学習機能も低下してしまうことも判明しているのです。
目覚め続けていた場合(持続的覚醒)と睡眠不足が累積した場合(累積睡眠負債)との作業能力(パフォーマンス)の低下のレベルを比較した研究があります。その研究では、持続的覚醒と累積睡眠負債とのパフォーマンスの低下のレベルは全く同じであったことが報告されています。ここで、本来は7時間の睡眠時間を必要とするスタンダードスリーパーが、ショートスリーパーを目指して午前1時に就寝して朝の6時に起床する5時間の睡眠の生活を10日間続けたとしましょう。累積睡眠負債は、単純計算で20時間になります。20時間の持続的覚醒はたいしたことではないように、一見は思えるでしょう。しかし、少し考えてみて欲しいのです。仕事がある日であれば、午後3時頃はミスなく仕事をバリバリすることが求められる時間ですね。ところが脳の状態は。20時間の持続的覚醒に朝からの9時間の覚醒時間が加わって、29時間も目覚め続けている状態となっています。いわば完全徹夜の翌日の状態です。このような状態で、仕事がミスなくできるか疑問です。さらにまずいことに、午後3時頃からは生体リズムの影響で昼間の眠気の強い時間帯に突入します。より一層、居眠りが混入やすく注意がおろそかになりやすいのです。車の運転、危険な作業、ミスを許されない仕事にとっては危機的な脳の状態になっているのです。無理をして睡眠を短縮し、それが続くと様々な悪影響が身体や心に出てくるリスクが高くなることも判明しています。6時間未満の睡眠時間の日本人男性の死亡リスクが7~8時間の男性に比べ2.4倍になるという報告、5時間以下の睡眠時間の人は7~8時間の人に比べ肥満しやすくなるという報告があります。7時間の睡眠時間の人とくらべて、5~6時間の人は4.24倍、5時間未満の人は4.50倍も風邪を引きやすくなることも報告されています。睡眠時間を短くすると免疫系の働きが低下し、乳がんや大腸がんのリスクの高くなります。7時間以上の睡眠時間の人にくらべ、うつ病やアルツハイマー型認知症のリスクも、大幅に高くなるという報告など枚挙にいとまがないのです。

3.誰でもショートスリーパーになれるのか?

 7時間前後の睡眠を必要としている人が、ショートスリーパーになれるのかを検討してみましょう。睡眠時間が短ければ、仕事や勉強がもっとできるのに。もっと遊ぶ時間がとれるのに。生活に余裕ができるかも。こんなことを考える日本人は多いでしょう。忙しい毎日。時間に追われている多くの日本人。自分がショートスリーパーだったらと考えない人は少ないのかもしれません。
 世の中には、確かにショートスリーパーと思われる人がいます。歴史上著名なショートスリーパーと言われている人に、電球、電話、レコードを発明(?)したトーマス・エジソンがいます。また、ナポレオン・ボナパルトも睡眠時間が極めて短かったとされています。エジソンは「睡眠は時間の浪費だ」と常日頃から口癖のようにいっていて、4時間程度の睡眠しかとっていなかったようです。1847年の出生で1931年に84歳で死去しているので、エジソンにとっては、短い睡眠でも寿命に大きな影響はなかったでしょう。しかし、事業が成功していたのは1900年初頭までで、50代後半からは成功した事業はなかったようです。新規の発想や創造性や実行力に短時間睡眠の影響が、中高年以降に出てきたのかもしれません。ナポレオンはどうでしょうか。ナポレオンも4時間程度の睡眠しかとっていなかったと言われています。ナポレオンは1769年に生まれ、1804年にフランス皇帝の地位に就きました。ナポレオンは、馬で騎行中に鞍の上でも眠れたという話もあり、ショートスリーパーというよりも、どこでもいつでも眠れた睡眠の自由度が高い人だったようです。1812年の対ロシア開戦で敗北し退位。再び復帰して、1815年にワーテルローの戦いに敗北し南大西洋の孤島セントヘレナ島に幽閉され、1821年に死去しています。1815年のワーテルローの戦いの前は不眠に悩まされていたという話も伝わっていて、本来のショートスリーパーではなかったようです。ワーテルローの戦いも、不眠による睡眠不足で脳が十分に機能せず判断を誤ったのではと推測するむきもあります。蛇足になるかもしれませんが、ロングスリーパーについてもふれてみましょう。最も著名なロングスリーパーは、理論物理学者で相対性理論の提唱者のアルベルト・アインシュタインです。1879年に生まれ、1955年に76歳で亡くなりました。アインシュタインの睡眠時間は10時間程度だったと伝記に書かれています。エジソンとアインシュタインを比較してみましょう。ショートスリーパーは、どちらかというと覚醒時にテキパキと判断を求められる優秀なマネージャータイプの人に多く、ロングスリーパーは、多くの情報を睡眠中に取捨選択し情報同士を結びつけ新たな発見や芸術を生み出す天才タイプの人に多のではと思われています。どちらのタイプも世の中のために有用そうですね。
 私たちスタンダードスリーパーである凡人は、無理をして睡眠時間を削ってショートスリーパーになろうとしても、日中に眠気に襲われ、あるいは心身に不調感を感じてしまうでしょう。つまりはショートスリ-パーにはなれないのです。ショートスリ-パーは、子どもの頃からショートスリ-パーなのです。ショートスリ-パーには、家族や親戚のなかにショートスリ-パーのいる人が多いので、遺伝形質が関わっていると考えられています。遺伝的なミューテーション(遺伝変異)とする報告もあります。無理をしてショートスリーパーになろうと試みるのは無駄な努力ですし、心身の健康や仕事のアウトカムに大きなリスクを抱えることになるのです。睡眠時間が日常的に6時間未満のスタンダードスリーパーは、7時間程度の睡眠時間を取ることで、脳の働きは回復し、生活や仕事の段取りや気分も良くなる可能性が高いのです。エラーが減り、だんどりが良くなり仕事や家事の効率が上がり、6時間未満の睡眠の時よりも時間の余裕ができるでしょう。さまざまな病気や事故のリスクも下がります。人生を楽しく過ごすためにも、無理にショートスリーパーを目指す必要はないのです。

文章:睡眠評価研究機構代表 白川修一郎先生

日本睡眠学会 Japanise Society Of Sleep Research
JOBS 一般社団法人 日本睡眠改善協議会