時計の始まりは、紀元前3000年前後に日時計が作られたことだという記録がありますが、その後は、水時計、砂時計、花時計など、いろいろな時計が発明されました。日本では660年に天智天皇が漏刻という水時計を作り、時刻を知らせたという記録が残っていますが、戦国時代には2時間ごとに時間を区切る方法が使われ始めたようです。しかし、戦国時代の混乱で統一した時間管理はされなくなり、1551年にフランシスコ・ザビエルが大内義隆に時計を献上するまでは、日が昇ったら1日が始まり、日が落ちたら1日が終わるというような生活が基本だったようです。江戸時代に入ると、昼と夜の時間をそれぞれ6等分し、それらをさらに上刻、中刻、下刻と3等分して時刻を管理。津田助左衛門が日本人ではじめて時計を作り、徳川家康に献上したという記録があります。明治時代に入ると西洋文化の強い影響を受け、文化の発展に伴い時間に正確になっていったようです。
世界標準時刻が制定されたのが1884年。わずか124年前のこと。それまでは、時計があっても日本人は比較的のんびり暮らしてきたのですが、明治時代以降、急激に変わり、今では世界の中でもっとも時刻に厳しくなってしまったのです。それは日本人の生真面目さゆえともいえますが、現状はちょっと過度になりすぎてしまったように思います。
でも、人のカラダは24時間正確に働き続ける時計や機械のようにはいきません。夜きちんと睡眠をとり、バランスのよい食事を摂取しなければ効率的・持続的に働き続けることはできません。かつて、仕事時間は9時5時(朝9時から夕方5時)といわれ、仕事の終わりはアフター5といわれていました。それがいつの間にか9時7時、アフター7なんていわれるようになっています。中には夜の9時10時まで働き続ける人も少なくありません。でも、働けば働くほどお金になっていた時代はすでに過去のこと。今ではPCなどの機器を使うことにより短時間に、そして効率的に働くことができるはずですが、実際はそんな余裕を感じることはなく、理屈の上では次の日にすべき仕事を前倒しされたり、人手も削られ、締め切りや納期もどんどん短くなっているようです。しかし、機械のように働かなければならない状況は、肉体的にも精神的にもよくないことは明らかです。会社には社会的責任が求められています。株主だけでなく、労働者の健康や暮らしにももっと目を向けるべきでしょう。
ご存知のように日本は、この10年連続して、自殺者が3万人を超えるという状態になっており、うつ病になる人が増えているともいわれます。それは時間の使い方や働き方が間違っていることの何よりの証拠ではないでしょうか。その弊害はすでに子どもたちにも現れています。お父さんもお母さんも朝早くから夜遅くまで忙しく、子どもが置き去りになっています。
ちょっと深刻なお話になりましたが、人は機械ではありません。これ以上、時間に追われ、仕事にばかり費やすような生活は見直すべき時にきているのではないでしょうか。